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捌一筋

空手修行20年
空手を始めて20年が経過する。
今思えば、30歳を過ぎて自分が空手をやっているとは思ってもみなかったことだ。
ここまで、空手に夢中になれたのは二宮館長はもちろん、全国・世界にいる円心会館の支部長 そこには常に指導者の空手や武道に対する真剣さに触れてきたからだと思う。
二宮館長の武道精神、空手の技術や姿勢に傾倒し真剣に空手を修行する姿。
自分自身空手の世界に絶望した時期もあったが、円心空手を知り二宮館長に出会えたことで 絶望から希望に変わった。
今は指導者として、多くの人に空手を学んでもらいたい気持ちであふれている。

右膝の怪我
十数年前、サッカーの試合中右膝を怪我した。
靭帯を前後2本切断し半月版を損傷した。
手術により人工靭帯を移植そして半月版を半分削らなければならなくなった。
その時の右足は腕よりも細く、歩くことさえ困難となり空手をあきらめた。
それから約2年、少しランニングすることができるようになったが膝の屈伸がほとんどできなかった。
しかし約10分のランニングで右膝は真っ赤にはれあがった。
それからなんとか30分のランニング、膝の屈伸で90度までできるようななり、もう一度 空手をやりたいと思い、円心会館五反田支部(現東京城南)に入門した。
円心会館では下半身不髄で車椅子生活の方が空手の稽古をし、また他流派には片手が義手になりながら県大会優勝という方もいる。
彼らに比べれば自分はまだまだ・・・

挫折から
 右膝の靭帯を切断し空手から遠のく日が続いた。
空手を忘れようと仕事に没頭したり、酒や他のものでごまかしたりすることもあった。
仕事帰りによった書店で空手雑誌が目に止まった。 表紙に"サバキ""二宮城光"の文字が・・・
その本で近所に円心空手の道場があることを知った。その瞬間もう一度 空手をしたいという衝動に駆られ、円心会館入門を決意した。
2年振りに空手着を着たそのときの感激は今でも忘れられない。

空手道場入門
 もともと空手に対しある種の偏見を持っていた。
空手の高段者が体格の勝るラグビー経験者に突きを入れたがびくともせず逆にタックルでぶっとんで いったのをみたからだ。
初めてみた空手の大会では胸を叩き合い足を蹴り合い結局体の丈夫な人間が勝ち進み全試合同じ試合のビデオ を見せられているようで途中で観戦が苦痛となり会場をでた思いがある。

ある日、知人に空手のビデオを見せられた。
その選手の動きは自分の知っている空手とは異なってみえた。
相手の攻撃を受け流し死角からの上段廻し蹴り、突きの連打から後ろ蹴りや後廻し蹴りそして打たさずに打つという動きにみとれて しまっていた。
それから空手に興味をもちだした。
そして近くに実戦空手道場のオープンのうわさを聞き見学に行った。
その流派の師範は先日見た空手の選手で二宮城光という名前であることを知った。
そこから空手修行の第一歩が始まる。